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日本人だけが知らない!日本の野菜は海外で「汚染物」扱いされている、という記事について

      2017/01/17

ブルーベイビー症候群の濡れ衣を着せられたホウレンソウの名誉はいつ回復されるのだろうか

ブルーベイビー症候群の濡れ衣を着せられたホウレンソウの名誉はいつ回復されるのだろうか?

 

日本人だけが知らない!日本の野菜は海外で「汚染物」扱いされている

「奇跡のリンゴ」を作った男・木村秋則と、「ローマ法王に米を食べさせた男」・高野誠鮮の二人が、往復書簡のやりとりで日本の農業の未来を語り尽くした刺激的対論集『日本農業再生論』が発売され、話題となっている

(中略)今から60年ほど前のアメリカで、ある母親が赤ん坊に裏ごししたホウレンソウを離乳食として与えたところ、赤ん坊が口からカニのように泡を吹き、顔が紫色になったかと思うと30分もしないうちに息絶えてしまう悲しい出来事がありました。ブルーベビー症候群と呼ばれるものです。

牛や豚、鶏などの糞尿を肥料として与えたホウレンソウの中に硝酸態窒素が残留していたんです。

硝酸態窒素は体内に入ると亜硝酸態窒素という有害物質に変わり、血液中のヘモグロビンの活動を阻害するので酸欠を引き起こし、最悪の場合死に至ってしまう。また、発がん性物質のもとになったり、糖尿病を誘発すると言われている怖ろしいものなんです。

(現代ビジネス)

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50668


 

講談社の現代ビジネスのページにての「日本農業再生論」という書籍の紹介記事であるが、タイトルが目を引いたので話題で取り上げることにする(書籍自体は読んでいないのでwebで掲載されている部分のみ)
自然農法を宣伝するための書物なのは明らかなのだが、その内容の過ちは指摘しておく必要があるだろう

日本の農産物は海外で汚染物質扱いされているというのはあながち間違いではない
日本と農薬などの栽培基準が異なる国にとっては基準値超えの食材があることはこのサイトでも何度か取り上げている
鰹節はEU基準では禁止食材であるし、ネオニコチノイド系の農薬が暫定禁止されている国からすれば日本の葉物野菜の多くは基準値をオーバーしている可能性があるだろう

さらに東日本大震災による放射能汚染により現在でも米国などの多くの国が指定農産物を輸入規制している

しかし今回は硝酸態窒素についての記述がメインのようなのでそれについて補足したい
まず引用にも書いたブルーベイビー症候群であるが、これが野菜由来の硝酸態窒素によるものというのは誤りである

アメリカの研究ですでに過去のブルーベイビー症候群の原因は高濃度の硝酸態窒素を含んでいる井戸水でミルクを作っていたことが原因と判明しており、その地下水中の硝酸態窒素は牧草地に撒いた家畜の糞尿による地下水の汚染から由来したものと結論が出ている

そして乳幼児にだけ症状が出る原因は胃酸の分泌が極端に少ない3か月未満の乳幼児は微生物汚染された硝酸態窒素を多く含む水を摂取すると通常胃酸で死滅するはずの微生物による還元反応により胃腸内で亜硝酸塩を生成してしまう可能性が高いことに起因している
そのことが判明して以来、地下水中の硝酸態窒素濃度は低下していなにもかかわらずブルーベイビー症候群の発症例は激減している

この記事では基準値があることがさも世界の標準のようについて書かれているが野菜の硝酸態窒素の基準を設けているのはEU圏だけである(飲料水に関する基準は日本、米国なども設定されている)
そしてFAOやWHOでは野菜中の硝酸態窒素は特に人体に害を及ぼすものでもないし、仮にわずかなリスクがあったとしても野菜を食べることによる有用性の方が勝ると結論づけられている

硝酸態窒素が野菜中になぜ増えるかといえば、要するに土壌が窒素過多になっている状態なわけで、これまでの有機農法派が主張していたように化学肥料で増え、有機肥料では低いということではないという記述は正しいだろう
むしろ未熟な堆肥などの有機質肥料の施用は長期にわたる継続的な意図しない時期での窒素の供給源となるし、堆肥による窒素投入量などを考慮する有機農法家は少ないことを考えると(堆肥を入れれば入れるほどよいと考える人も多い)むしろ有機農産物の方が含有量が多いかもしれない
この本の著者の進める自然農法ならば無肥料なので当然土壌が窒素過多になることは少なく、硝酸態窒素含量は少ないものとなるだろう
逆に言えば化学肥料を使った慣行栽培でも適切な肥料管理が行われていれば硝酸態窒素含量は少なくなるはずである

かつてお茶園地などでは過剰な窒素肥料の施用により地下水汚染が問題になるほど硝酸態窒素が増えた産地もあったようだが現在では土壌分析などの技術の進歩によりそれも解消向かっているようだ

なお生育途中の植物茎葉を食用とするホウレンソウやチンゲンサイなどの葉菜類は硝酸態窒素濃度が高くなるし、果実を食用するトマト、ナスなどの果菜類は含有量が低い
また日照不足や高温、低温により十分な光合成が行われない場合などには、吸収された硝酸態窒素がアミノ酸やタンパク質に合成されずにそのまま植物体中に蓄積されており、このような場合には植物体内の硝酸態窒素濃度は高くなる

ここで参考までにEUでの基準と農水省の測定値を掲載しておく

我が国の主な野菜の硝酸塩含有量 (農水省より)

我が国の主な野菜の硝酸塩含有量 (農水省より)

(単位は硝酸イオン濃度 mg NO3-/kg)

これを見るとほうれんそうとサラダ菜は少しEU基準を超えているが、レタスやサラダほうれん草ではむしろEU農産物より低い含有量となっていることが見て取れる
ここに上がっていないがEU基準でもルッコラは7000mg NO3-/kgと特別高い基準値となっている
栽培管理上どうしてもこの程度含まれることは許容せざるをえないのだろう

以上の事と、この本の著者が自然農法推進論者であることを考慮するとこの本の著者の主張する硝酸態窒素に関するは記述を鵜呑みにする事はできないと多くの方が思うのではないだろうか

野菜中の硝酸塩についてさらに詳しく知りたい方は農水省の作成した「野菜等の硝酸塩に関する情報」のページを参照していただきたい


 

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